時代 |
西暦 |
内容 |
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1億4千万年前~ |
(中生代白亜紀)
ポルトガル、アメリカ、カナダ各地から白亜紀の化石(蓮の葉)。 |
9千万~3千8百万年前 |
(白亜紀後期~第三紀始新世)
北海道空知郡にシキシマバス、福井県今立郡にトヨウバス。 |
1万~2万年前 |
(更新世後期)
横浜市下倉田、島根、福島、京都で更新世後期の蓮葉の化石。 |
古墳 |
460年頃 |
古事記(太安万呂712年)に河内日下江の花ハチスの記述。 |
飛鳥 |
623 |
新羅より藕糸の都率曼陀羅献上される(日本書紀) |
635 |
日本書紀(720)に奈良検ケ池の瑞蓮の記述、舒明天皇の635年7月に「瑞蓮生於剣池一茎二花」、また皇極天皇の 644年6月、光仁天皇の宝亀8(777)年6月、清和天皇の貞観12(870)年7月などに双頭蓮の記述。 |
奈良 |
713 |
常陸風土記に「常陸沼尾池の蓮根は大変おいしく、薬効もある」という記述。続日本書紀に大和国の花ハチスの記述。備前風土記などに蓮根(長崎県千々石町土歯の池)の記述がみられる。 |
733 |
出雲風土記に出雲恵曇池の花ハチスの記述。 |
735 |
万葉集に大和勝間田池の蓮の和歌詠まれる。 |
745 |
正倉院文書、当時の食品記述にハス。 |
754 |
鑑真和上青蓮華を中国より持参。 |
760 |
大日本古文書に蓮根の記述。 |
777 |
続日本書紀、奈良揚梅宮の花蓮の記述。 |
785 |
万葉集編纂、ハスの和歌を収載、蓮(はちす)、蓮葉(はちすば)と詠まる。 |
平安 |
847 |
慈覚大師、中国から蓮根用の品種を持ち帰り當麻寺に植える(伝説)。 |
905 |
古今和歌集編纂、ハスの和歌を収載 |
918 |
『本草和名』に「藕実一名蓮、蓮華、芙蓉、和名波知須乃実」とある |
927 |
『延喜式』(律令の施行細則法)に河内国から椎葉、波斐、壮葉、蓮子、蓮根を納める記述。 |
934 |
源順『和名抄』編纂。中国にならって、藕(蓮の根)、荷(蓮の茎、葉柄)、蓮(蓮の果実)、的(蓮の種子)と別名で呼ぶことを記述。 |
1001 |
枕草子に仏法のハスの記述。 |
1118 |
宇治平等院御幸御膳の献立の中に、蓮根があったことの記述。 |
鎌倉 |
1223 |
道元禅師は、宋に渡り、帰国するときにハスを持ち帰った(伝説)。帰国後、越前に永平寺を開いた。 |
室町 |
1406 |
滋賀守山の田中左衛門尉頼久、近江妙蓮を足立義満に献上『江源日記』。 |
1529 |
立花伝書に仏前にハスの生け花の記述。 |
安土桃山 |
1597 |
加藤清正、朝鮮から肥後絞を持ち帰り熊本城濠に植える。 |
江戸 |
1645 |
松平重頼『毛吹草』に蓮根の名産地(河内など)記述。 |
1681 |
水野元勝、国内初の園芸書『花壇綱目』編纂。 |
1685 |
下津元知、『図解本草』10巻編纂。 |
1695 |
伊藤伊兵衛三之丞『花壇地錦抄』(6巻5冊)に唐蓮の図と栽培法を記述 |
1696 |
石原正明『年々随筆』などに仏教的なハスの批判を投稿。 |
1697 |
人見必大『本朝食鑑』にハスの栽培法、利用法を記述。宮崎安貞『農業全書』にハスの植え方を記述。 |
1698 |
貝原益軒『花譜』3巻刊行。 |
1699 |
伊藤伊兵衛『草花絵前集』編纂。花の色や葉などの形状、花期なども説明。 |
1708 |
森川許六『風俗文選』百花譜編纂 |
1709 |
貝原益軒『大和本草』(16巻)に荷葉飯について記述。 |
1710 |
伊藤伊兵衛政武『増補地錦抄』(8巻8冊)編纂、天竺蓮など5種の図。この頃観蓮会が盛んに行われる。 |
1712 |
谷川士清『倭訓栞』に十二時蓮は天竺蓮なり、群芳譜にいう千葉蓮。 |
1713 |
寺島良安『和漢三才図会』(105巻)を刊行、金糸蓮、大紅蓮、天竺蓮の記述。。 |
1726 |
我が国最古の双頭蓮図(唐招提寺蔵) |
1736 |
青木昆陽『昆陽漫録』(~1763年)に一房五六白花の十二時蓮の記述。 |
1749? |
森野藤助『松山本草』(10巻)を刊行。 |
1755 |
橘保国画『絵本野山草』(5巻)刊行。「つま紅、底紅、極紅色、白花有り。金糸れん、ぎんしれんという有、花びらに、すじのごとく成物見ゆる。天竺れんあり、色、本紅、花びらほそく、つぢ小く、葩折入、万弁のごとし。これに白花有、又、白小蓮紅有、本紅白さきわけ大蓮有。」。 |
1768 |
北尾重政『絵本世都濃登起』に樽植え栽培の蓮の絵。 |
1787 |
津村淙庵『譚海』にハスの栽培法を記述。 |
1792 |
山本北山が不忍池畔で観蓮会を催し、以降継続する。 |
1793 |
秋里籬島、『都花月名所』を著す。巨椋池など13か所紹介。 |
1793 |
渋江長伯『西園蓮譜』を著す。 |
1793 |
この頃松平定信浴恩園に93種のハス(清香画譜)。その後、「清香画譜」を写したと思われるものが『浴恩園蓮譜、百蓮譜、蓮譜』など。 |
1803 |
小野蘭山『本草綱目啓蒙』(48巻)刊行開始。蓮の記述。 |
1805 |
『成形図説』(巻1~30)刻成る。 |
1812 |
『蓮花百種』(1812~1828)には90図63種記述。 |
1818~22 |
松平芝陽『芝陽漫録』で蓮の栽培日記。 |
1821 |
松浦静山『甲子夜話』起筆。ハスの記述。 |
1822頃 |
「清香画譜」なる。我が国最初の蓮図譜「池のにしき」を写したもの。この「清香画譜」を写したものが「本草図譜」である。 |
1827 |
清原重巨『草木性譜』にハスの記述。岡山鳥著、長谷川雪旦画『江戸名所花暦』で不忍池など紹介。 |
1828 |
岩崎灌園『本草図譜』(92巻)執筆、ハス55種の記述。 |
1830 |
喜多村信節『嬉遊笑覧』にハスの記述。
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1832 |
佐藤信淵『草木六部耕種法』(20巻)に実生、蓮根栽培、蓮の実の長寿を記述。 |
1842
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屋代弘賢『古今要覧稿』(560巻)執筆、蓮に関する記述多し。 |
1850
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馬場大助『群英類聚図譜』(78冊)執筆、蓮50品。 |
1852? |
高木春山『本草図説』執筆、ハス18品はじめ異品の記述。 |
1857 |
頼山陽の門下江馬天江らが巨椋池で蓮見、翌年詩集『椋湖観蓮集』を刊行。 |
明治 |
1875 |
稲田佐兵衛『日本地誌提要』刊行。河内の茨田郡に蓮根を産する記述。 |
1877 |
種蓮根「支那蓮、備中蓮」が中国から輸入される。 |
1879 |
田中芳男「清国種の蓮」を『博物雑誌』第3号で紹介。 |
1904 |
『清香品彙』蓮60種。 |
大正 |
1918 |
孫文、田中隆氏に4粒のハスの実を送る(孫文蓮) |
昭和 |
1927 |
三木茂『巨椋池の植物生態』で巨椋池には蓮2種と記述。 |
1933 |
巨椋池干拓始まる。三木茂『山城盆地周辺に於ける洪積層の植物化石』で更新世後期(1万~2万年前)のハス葉化石は、現在のものとほぼ同様と発表。 |
1936 |
大阪枚岡市善根寺の蓮を大賀一郎博士を招いて見ていただく(原始蓮)。 |
1936 |
不忍池で「蓮の花が咲く時、音がするかしないかを確かめる会」催される。 |
1947 |
京都府長岡天神の池に蓮。 |
1950 |
和辻哲郎『巨椋池の蓮』発表。 |
1951 |
大賀一郎博士検見川で地下4.6mから蓮の実3粒発見(大賀蓮)。 |
1952 |
7月18日大賀蓮開花する。花弁は細く、桃色大型、単重である。 |
1960 |
田中隆氏令息隆敏氏が孫文からの実を大賀博士に発芽育成の依頼。1962年8月初開花。「孫文蓮」と命名される。 |
1960 |
アメリカよりキバナハスの実が導入される。61年大賀一郎博士発芽育成。62年分根を受けた阪本祐二先生が同年開花させる、これが「王子蓮」である。 |
1963 |
大賀蓮が中国に贈られる。 |
1966 |
中国から「中日友誼蓮」の実10粒贈られる。中日友誼蓮は、大賀蓮と中国古代蓮の交配種。 |
1970 |
大阪万博公園日本庭園に26種類のハスが植えられる。 |
1972 |
北村文雄、阪本祐二『花蓮』刊行(初の花蓮写真図鑑)。 |
1973 |
田中隆宏、阪本祐二氏から提供された孫文蓮の実を日中友好協会を通じて北京中山公園に贈る。 |
1979 |
阪本祐二、武漢植物園へ日本の花蓮16品種を贈呈。 |
1980 |
大阪市鬼虎川遺跡の地下約3mの室町時代初期の地層から無数のハスの実を発見。 |
1986 |
1981年大阪市立自然史博物館の学芸員が育成に成功。
巨椋池の蓮保存会発足。 |
1988 |
川勝隆男、新花卉(タキイ種苗発行)に「巨椋池の蓮」を発表。 |
平成 |
1991 |
大阪・国際花と緑の博覧会に「巨椋池の蓮」などが展示される。 |
1993 |
京都花蓮研究会発足。 |
1994 |
三浦功大、蓮の文献をまとめた『蓮の文華史』刊行。
古幡光男、本来の孫文蓮についてまとめた『孫文蓮について』刊行。 |
1998 |
藤原4代目泰衡の首桶の中から発見されたとされる約800年前の実を長島時子が、この年開花に成功。「中尊寺ハス」と命名される。 |
1999 |
1985年大阪府東大阪市水走 遺跡から出土した実を古幡光男が育成、内田又夫がこの年開花に成功。 |
1999 |
三浦功大、全国の蓮名所、栽培地191箇所を網羅した「雅遊全国花蓮名所案内」刊行。 |
1999 |
11月奈良県飛鳥京庭園跡(7世紀後半)からハスなどの種や花粉が発見される。 |
2000 |
京都フラワーセンターで各地で保存されている大賀蓮12箇所の比較展示。京都花蓮研究会が『2000年 大賀蓮』にまとめる。 |
2001 |
1999年に宇治平等院阿字池から出土した実を、発芽の委託を受けた宇治市植物公園 山本和喜が育成、この年開花。「平等院」と命名される。 |
2002 |
京都府久御山町、内田又夫蓮園で巨椋池系「西村白」に花の中に花托が2つある花が咲く、「並蒂蓮」と命名。。 |
2002 |
内田又夫監修のもと金子明雄、巨椋池の蓮品種を中心にまとめた『花蓮百華』刊行。
榎本輝彦、蓮栽培の手引きともなる『花はす栽培』刊行。 |
2003 |
2000年白嵜顕成、三重県上野市崇廣堂の匂玉池で幼芽を発見、市田進一が育成、この年開花し、「崇廣堂蓮」と命名。この池の蓮が絶えて30数年後の開花である。 |
2004 |
しずおか国際園芸博覧会(浜名湖花博)に花蓮が展示される。京都花蓮研究会として内田又夫蓮園及び冨永整会員から種レンコンを提供する。 |
2004 |
三浦功大、蓮の魅力を紐解いた『蓮への招待』刊行。 |
2005 |
京都花蓮研究会が創立十周年を記念して、『創立十周年記念誌 蓮友』を作成。 |
2005 |
国立大学法人東京大学緑地植物実験所設立50周年記念講演会開催される。 |
2007 |
府中市教育委員会『大賀文庫目録 改訂版』作成。 |
2008 |
白嵜顕成監修、嘉住熊二著『ハスの鉢栽培』刊行。 |
2008 |
冨永整『美薗花蓮園 冨永整作出花蓮品種図譜』作成。 |
2010 |
福井県南越前町花はす公園で1つの花の中に2つの花が咲く「双花蓮」が咲く。 |
2010 |
中川原正美『琵琶湖のハスと近江妙蓮』刊行。 |
2011 |
栃木県宇都宮城上蓮池跡から発掘された実を印南洋造が育成。この年開花し「印南蓮」と命名。中世期以降のハスである。 |
2012 |
和歌山大賀ハス保存会が『蓮の実 大賀蓮発見60年記念誌』作成。 |
2012 |
京都花蓮研究会が、近年までの品種名約2,000の一覧と各種データをとりまとめた『花蓮品種一覧』を作成。 |
2012 |
金子明雄「鳥取県湖山池の大名蓮」を日本植物園協会誌第46号に発表。 |
2013 |
静岡県富士市代通寺で花茎が途中で分岐し、2つの花を付ける「双茎蓮」が咲く。 |
2013 |
鳥取県湖山池の大名蓮(斑種)が最盛期は約8㌶に及んでいたが、湖水の塩水化のため消滅する。 |
2014 |
京都花蓮研究会が創立二十周年を記念して、『創立二十周年記念誌 蓮友~蓮の探究~』を作成。 |
2016 |
日本から中国中山に「孫文蓮」(蓮根)が贈られる。 |
2016 |
金子明雄、山本和喜、高畑公紀、細野容子がアメリカキバナハスの調査を行う。 |
2016 |
琵琶湖烏丸半島の蓮群生地約 13 ㌶が消滅する。 |
2017 |
京都花蓮研究会が巨椋池系のハス全種類を掲載した『巨椋池蓮図鑑』を作成。 |
2017 |
群馬県伊勢崎市にある「あかぼり蓮園」で「三蒂蓮・三頭蓮」が確認される。 |
2017 |
金子明雄が孫文の故郷中国中山市に孫文蓮の蓮根(11 株)を再度提供する。 |
2018 |
高畑公紀著『五感で楽しむ蓮図鑑』刊行。 |
令和 |
2019 |
2005 年頃消滅した丹波篠山市 篠山城堀のハスが、この年に復活開花する。 |
2020 |
京都府立植物園の山本和喜が、中国黒龍江紅蓮(興凱湖産)の国内初開花に成功。 |
2021 |
京都府立植物園の山本和喜が、ロシア蓮(ユダヤ自治州)の国内初開花に成功。 |
2022 |
和歌山大賀ハス保存会が『蓮の実 大賀蓮発見70年記念誌』作成。 |
2022 |
千葉市、大賀蓮開花 70 周年を記念して「大賀ハス開花 70 周年記念フォーラム」開催。 |
2022 |
琵琶湖長浜市湖北町湖岸で数年前よりハスが群生。 |
2023 |
京都花蓮研究会が『創立三十周年記念誌 蓮友~蓮の探究~』を作成。 |